フィジーが航空業界に大きな影響を与えたって本当!?

フィジー人のイライティア・タバカウコロは、90年代前半に航空管制官として働いていました。その頃、彼と彼のパイロット仲間の何人かで、フィジーの主な島でもあるビティレブ島から多島海の北東部にある小さな島の一つまで、飛ぶことにしたんです。

しかし、本島から少し離れて間もなく、彼らの飛行機は横風に襲われ、コースから外れてしまったんです。もともと航海するために目印としていた島々はどこにも見つからず、太平洋のど真ん中で迷子になりました。誰もが緊急事態を予測していたその時、タバカウコロはふと、最近飛行機に装備されたGPSを思い出しました。21世紀を生きている人にとっては当たり前に感じる話ですが、GPSが比較的まだ新しかった当時は、それがどのくらい有効なのか誰も分かっていませんでした。

タイムスタンプ:

天文航法 1:31

初めてのGPS  3:24

フィジーの登場 4:44

#航空 #フィジー #ブライトサイド

概要:

― 1940年代から80年代後半まで、航空機の航行はレーダー、ラジオ、ビーコンや外を見て視覚的な目印の位置を把握して、位置や方向を把握していました。

―どんなに短い距離でも、海の上を移動する場、飛行機はナビゲーターと言われる乗組員を雇う必要がありました。

―多くの場合、木造船の時代から引き継がれた天文航法などの技術に頼っていて、それにはデメリットがありました。飛行機の座標を特定するために、太陽、月、そして星を使う必要があるので、空が晴れていないとできません。

―はじめのGPS衛星は1978年に打ち上げられ、その後、15年間でさらに23の衛星が打ち上げられました。

―米国政府はGPSの技術の一般公開を検討していました。

―加えて政府は、GPS衛星の数を15から24に増やすという計画を立てました。

―この島国は長年にわたり人気の高い観光地で、その人気は90年代初頭に入ってもとどまりませんでした。

―だからこそ1994年に入り、フィジーは、米国に商用GPS技術のテスト市場として立候補しました。

―フィジーは民間航空機を全体的に改装し、乗組員に新しい機器の使用方法を 教えるという課題はあったものの、成果は眼を見張るものでした。

―GPSは天候に左右される事なく機能するため、視界が悪いからと言って飛行中に方向を変える必要はありません。

―GPSが利用可能になる前、同じルートを運行する二つのジェット機は160km以上離れている必要がありました。

―GPSのおかげで、飛行機は互いに37km以上であれば安全に飛行でき、連続するフライトの延期はわずか10分に短縮されました。

―もう一つ変わった事と言えば、飛行機が出発地点に戻るための十分な燃料を運ぶ必要がなくなったという事。

―言うまでもないですが、フィジーとFAAは投資が成功した事を喜びました。

―GPS技術はフライトを早く、安全に、そしてより安価にしてくれました。30年前に比べると、よく分かります。

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声の出演:加賀美祥(Studio Kiwi)

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