1930年代の空の旅

現代において、どこかへ行くために飛行機に乗ることは、電車やタクシーに乗ることぐらい馴染みのある事ですが100年前は、これはかなり複雑でした。30年代の飛行機の乗客の写真を見てみると、ジャケットやコートを身に着けていない人はほぼいません。これはファッションだけが理由ではなく、当時、暖房された客室というのは珍しく、機内がとても寒い状態だった為です。
洋服をたくさん着込んでもどうにかできないことはいくつかあります。機内にある、エチケット袋、実はこれは、フライト中に吐かない事がむしろ困難な時代の名残です。

タイムスタンプ:
不快だった空の旅 0:30

地上4,500メートルに飛べない理由 1:57
ロックコンサートよりもうるさい?! 2:25
今よりずっと遅かった飛行機 3:32
当時の空の旅のお値段 4:55
空飛ぶ5つ星ホテル 6:29

#飛行機 #航空 #ブライトサイド

概要:
– 高度による低圧は、体が酸素を吸収することを困難にするため、空を旅する旅行者は、吐気がして呼吸がしづらくなることがありました。
– 与圧システムを搭載した初の旅客機が導入されたのは、1938年になってから。
– 機内に地上と同じくらいの気圧がないということのデメリットには、乱気流もあります。与圧がなければ、パイロットは地上から4,500メートル以上上空へ飛ぶことができません。
– 1930年代、多くの飛行機には、不十分な防音設備のみ又はそもそも防音設備がない状況でした。そのため、機内の乗客は通り過ぎる風の音や唸るようなエンジン音にさらされます。
– 30年代、ニューヨークからロサンゼルスへの旅は、25時間もかかったんです!
– 一つの場所から別の場所へ行くためには、いくつかの場所に停まり、それに加えて、数回の燃料補給も必要。
– 1938年、ロンドンからオーストラリアのブリスベンに1週間の揺れる旅を243ドルでするとします。それって、現在の価値で言うと、17,000ドルほどですよ!
– しかし、20年代、特に30年代が、フライトの黄金時代と呼ばれているのには理由があります。
– 大きく快適なシートで、乗客は今のような小さい窓ではなく、電車のような大きな窓から外の景色を眺められます。
– 旅行者はきちんとしたテーブルで食事をし、食事は立派な磁器で給仕されます。
– 想像しがたいですが、これらの船には、女性用と男性用に分かれたお手洗いや、睡眠のための2段ベッドも完備していました。
– かつてよりもスピードが増し、1920年の平均的な飛行速度は、時速160キロでしたが、その10年後には時速320キロほどで移動することができるようになっています。

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声の出演:加賀美祥(Studio Kiwi)

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