タイタニック号とルシタニア号、そのどちらの沈没からも生き残った船乗り

人々がまだ、休暇を取って海外に行くのに飛行機に乗るという手段がなかった頃、その旅路は、常に長い道のりとなっていました。ここで言ってるのは、船での旅行のこと。さぁ想像して下さい。壮大なる海の旅は、考えうる限り、最高に豪華なものでした。しかし、状況が悪い方へと変わっていったのは、大型船舶での大西洋横断が始まった頃、特に1900年代初頭のことでした。

当時、乗客たちは、水兵や船乗りほど、船旅の危険性に気づいていませんでした。しかし幸いにも、恐ろしい事件から生還できた人々は、その恐怖を伝えることができました。ジョージ・ウィリアム・ボーチャンは、なんと20世紀の初めに起こった2つの大型船舶の事故から、生還を果たした伝説の船乗りでした…

タイムスタンプ:
彼の人生を変えたもの 1:20

なぜジョージは年齢を詐称したのか 2:32

救命ボートの問題 3:28

ジョージに与えられた任務 4:59

もう一つの事故 6:53

なぜルシタニア号は沈没したのか 7:46

ジョージの余生の送り方 8:58

#タイタニック号 #船 #ブライトサイド

概要:
-ジョージ・ウィリアム・ボーチャンは、20世紀の初めに起こった2つの大型船舶の事故から、生還を果たした伝説の船乗りです。

-ジョージ・ボーチャンの生まれは、1888年イギリスのハンプシャー州で、4人兄弟の真ん中の子供でした。彼の父親は鉄道の木挽職人で、その頃10代だったジョージは、学校を卒業すると海へと船で旅立ちました。それほど海に魅せられた少年は、その道へ進むことを決意したのでした。

-ジョージは「沈まない船」である、皆さんもご存知のタイタニック号に乗船できることを本当に楽しみにしていました。しかしこの時、ジョージは42歳。彼が望むポジションには、肉体の強さが特に求められるため、何より若さが必要でした。そのために彼は、年齢を詐称し、32歳だと言ってしまったのです。

-船員たちは皆、タイタニック号が沈まない船だと絶対の信頼を持っていたので、ボート訓練すらしたことがなかったのです。そこにいたほぼ全員が、この状況でどうするべきか、わからないでいました。

-ジョージの任務は、できるだけ多くの女性と子供たちを救出することでした。そして第13番ボートにおいて、それを成功させたのです。

-ご存知だと思いますが、タイタニックが沈んだのは午前2時20分。しかし救助にやってきた船のカルパチア号が、ジョージのボートを救出したのは午前9時50分でした。

-ジョージがタイタニック号に乗船した際、彼の海上でのキャリアは10年を超えていました。そしてこの不運な出来事が起こった時、彼はもうこれほどの悲劇には2度と見舞われることはないだろうと考えました。

-ルシタニア号がアイルランドの南海岸沖を平行に航行していた時のことです。午後2時10分、ドイツのユーボートに直面することになります。魚雷により大爆発を引き起こしたことで、船には大量の海水が驚くべき速さで浸水していったのです。

-乗船していた人々の半分未満のみが、生き残り、その中にジョージも含まれていたのです。

-人生で2度の大規模な沈没事故を経験したことで、大型船舶での仕事はもうしないと家族に伝えました。

-引退後、彼はイギリスのサウサンプトンに引っ越し、余生を海の近くで過ごしたのでした。

音楽:
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声の出演:水野健介 (Studio Kiwi)

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