街を壊しかけて川に緊急着陸した飛行機

機体が水上に緊急胴体着陸するということは、かなりまれで危険な状況です。熟練のパイロットと適切な状況が整っていなければ、叶いません。しかし、緊急着水の後に機体がバラバラになってしまったとなれば、さらに最悪です!

1963年8月21日、当時のソ連の航空機、アエロフロートは、エストニアのタリンからモスクワへの通常のフライトをしようとしていました。45人の乗客と7人のクルーが搭乗。彼らに起こったことは歴史に刻まれることとなりました…

タイムスタンプ:

はじめから何かがおかしい0:37

余分な燃料は廃棄 2:41

とまったエンジン3:27

唯一の生き残りチャンス 4:54

水着陸した機体 6:28

なぜ全員が無事だったか8:14

#飛行機の物語 #異常な着陸 #ブライトサイド

概要:

-機体の降着装置が格納されないんです。離陸の際にボールねじが一つ外れてしまい、のちに滑走路で発見されました。

-飛行機はまず燃料を減らさなくてはいけません。こうすることで機体が軽くなり、胴体着陸する際の火災のリスクを最小限に抑えることができます。午前11時頃、飛行機は高度450メートルで街を旋回。旋回は1回あたりおよそ15分ほどでした。

-燃料不足でエンジンが突然止まった時の操縦士の驚きは言うまでもありません。どうやら、パイロットはもともとの計画より多くの燃料を燃やしてしまったようなんです。

-唯一の生き残りのチャンスは、ネヴァ川への緊急着陸。機長はコントロールを副操縦士に移します。チェチェネフは、海軍航空隊に従事していたことがあり、水上への着陸経験があったのです。奇跡的に、すべての乗客とクルーメンバーは全員生き延びて、無傷だったのです。

-割けた機体は川に飲み込まれ始めます。ネヴァ川は、幅400メートルで、深さはちょうどその場所で12メートル以上。機体が乗客を乗せたまま沈んでしまうというリスクにさらされていました。幸運にも、緊急着陸の地点からそう遠くはない場所を蒸気タグボートが移動中でした。

-専門家は、これにはいくつかのラッキーな要因があったと考えています。その日、ネヴァ川には全く波が立っていませんでした。 2つ目に、チェチェネフの水上着陸の経験が役立ちました。さらに、川に緊急着陸するための正しい決断を操縦士クルーがものの数秒で下したことも幸いします。n最終的に、たまたまタグボートが通りかかって助けてくれなければ、素早く岸につくこともできませんでした。

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声の出演:加賀美祥(Studio Kiwi)

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