女性のファラオを歴史から消そうとした事実について

みなさん、「エジプトのファラオ」という言葉を聞いた時、ぱっと浮かぶイメージは何ですか?ほとんどの人は恐らく、使用人に囲まれて王座に座っている、青と金色の頭飾りをかぶった男性・・・だと思います。確かに、「男」というイメージは95%正解!というのも、古代エジプトの3,000年の歴史を振り返ってみると、ファラオになった女性はごくわずかだからなんです。記録によると、エジプトではたった7人が女性のファラオだったそうです。それも、170人のうち7人!そしてそのうちの1人がハトシェプストという女性。彼女がエジプトの偉大なリーダーとしての権力を握ったその物語は、とても珍しいと言われています!

とは言え、女性に続いた男性の支配者は、歴史からその事実を消すためにそれらの言及を破壊する事が多かったので、この数字は確実ではありません。なぜ、エジプト人はファラオが男性であるべきだと思っていたのでしょうか?なぜ、女性のファラオという単なる考えでさえ、不自然なものだったのでしょうか?今回のビデオで見ていきましょう!

音楽:

Epidemic Sound https://www.epidemicsound.com/より   

タイムスタンプ:

赤ちゃんの代わりに王位に就ける? 1:37

彼女を味方した面白い伝説 4:25

男装 5:34

古代エジプトの建築の驚異  7:04

エジプトがどのようにして繁栄したのか 8:45

彼女の肖像画が破壊された理由 10:00

誰がハトシェプストの名前を歴史に戻したのか 10:42

#エジプト #古代世界 #ブライトサイド

概要:

―紀元前1507年に生まれたある女の子は、“最前線の高貴生まれの女性”という意味を持つ「”Foremost of Noble Women” (フォアモスト オブ ノーブル ウィメン)」と後に名付けられる事になります。そう、皆さんもご存知、ハトシェプスト女王のこと。ファラオのトトメス1世と最初の妻、イアフメス女王の娘。

―ハトシェプストの腹違いの兄弟、トトメス2世が正式にエジプトの新支配者となり、二人は結婚しました。

―明るくて巧妙なハトシェプスト。王の娘と妻であった事もあり、恐らく自分は統治するために生まれてきたのだろうと、思っていたので、どうにかして王座に就く決心をしたんです。

―実際に、彼女の主な競争者には、ある問題がありました。それは、トトメス3世、亡くなったファラオと違う奥さんの息子…。

―ハトシェプストは、その状況を利用して、自分の摂政を任命しました。

―偶然にも彼女にはある伝説が味方していました。神話によると、ハトシェプストは、先ほど紹介したエジプトの神、アムンの娘だったんです。

―ハトシェプストも強くてパワフルだったかもしれませんが、彼女は明らかに男ではありませんでした。伝説によると、実際にはとても美しい女性だったそうです。

―大事な公共の行事では、紳士服と偽の髭を身に付けました。

―ハトシェプストは新しい土地を征服して拡大する事よりも、自国を発展させる事に注目しました。

―ハトシェプストが支配していた時に作られた、最も印象的な建設と言えば、デル・エル・バハリ寺院。この寺院は古代エジプト建設上の驚異の一つで、更には彼女が埋葬された場所でもあります。

―彼女の繁栄した統治は、王位を獲得してから、約22年間、彼女が亡くなる20年後まで続きました。

―女王の名前はエジプトのファラオのリストから除外され、彼女の肖像画も破壊されました。

―しかし、賢いハトシェプストは、この事が起こる事を予想していたんです。そのため、王位に就いている間、彼女は自分自信の浮彫と芸術をさまざまな場所に振り分け、すべてを消す事が不可能になるようにしたんです。

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声の出演:かいどうまゆ(Studio Kiwi)

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