航海中の人々が全員行方不明になってしまったメアリー・セレストの話

メアリー・セレストの話は史上最大のミステリーの1つです。一体どのようにして船に搭乗していた全員が消えてしまったのでしょう? 今日(こんにち)でも様々な仮説はあるものの、答えが出ていないのです…。この船の運命は最初から決められていたのかもしれません…

実を言うと、この船は常にメアリー・セレストと呼ばれていたわけではなく、もともとはアマゾンと呼ばれていたのです。 1861年に作られたアマゾンは1861年5月18日の処女航海の日からすでに、呪われた船だという噂が出回り始めていました… そして、新たにメアリー・セレストと変名された時の船長は、ベンジャミン・スプーナー・ブリッグズでした。 彼は選りすぐりの7人の男性乗組員を集め、家族と共に1872年11月7日にニューヨークからイタリアのジェノバへの運命的な大西洋横断旅行に出発したのですが…

タイムスタンプ:

なぜこの船は悪評判だったのか 1:00

搭乗者10人と1,700本のアルコールの樽 2:55

物凄く奇妙な状況 3:27

船上には誰もいなかった 4:23

船長の日記 4:57

どのような仮説があるのか? 5:52

船上で反乱? 8:48

最も可能性の高い説 9:44

#幽霊船 #ミステリー #実話

音楽:

エピデミックサウンド https://www.epidemicsound.com/

概要:

– 新しい所有者の多くは破産してしまい、借金を返済するためにアマゾンを売却しなければならないということが続いたのです。さらに最初の船長も病死してしまったんだとか…。そして初の大西洋横断の航海の際には、他の船と衝突し、その船を沈没させてしまったのです。

– 船は、乗船していた10人と共に、1,700本の変性アルコールの樽も運搬していたのです。 この工業用の液体は、適切に扱われていないと非常に発火性が高くなってしまいます。

– メアリー・セレストが、ジェノバに到着できなかった理由は今日(こんにち)でも未だに不明のままです。 航海中に、ひどいことが起こったのは確実です。

– なんと、その船には誰も乗っていなかったのです。 まあ、もしかしたら、船から避難しなければならなかったのかも知れない、と思いますよね?  でも、そこには所持品や食べ物がすべて残っていたのです!

– ブリッグス船長は、日記に非常に細かく徹底的なメモを残す習慣がありました。 そして、それが最後に綴られたのは11月25日。その日に関しての事は悪天候についてのことだけであり、その程度のことだけでは、ブリッグス船長と、彼の妻と娘、そして乗組員が急いでメアリー・セレストから脱出するための理由にはならないはずなのです。

– もしかしたら、船長は壊れたポンプにより、船内が水にあふれ、沈没してしまう可能性があると考えたのかもしれません。でも、ここでの唯一の問題は、当時その地域で暴風雨が報告されていなかった、ということです。

– 仮説の中には、海賊に船を攻撃されたかもしれないというものもあります。 でも、すべての私物や食べ物や貴重な貨物がそのままになっているので、その説にも筋が通りません。

– 乗組員が船長に対して反乱をおこしたという説はどうでしょう? 当時ブリッグスは規律に関してかなり厳格であることで知られていました。この説も、全くありそうにないものであり、反証されています。

– 一番最後の最も可能性の高い説は、船上で空になっていた9本の酒樽に関するものです。それは浸透性の木材から作られたものだったので、アルコールの蒸発を防止できなかったのです。

– ブリッグス船長は、いくつかの樽が既に空だったことに気付き、船体が爆発してしまう前にできるだけ早く船から降りるように命じたのかもしれません。

– でも、この説にも欠陥があります。 9本の樽が完全に漏れて蒸発してしまったのなら、メアリー・セレステが発見されたときに、なぜ船上でアルコールの臭いがしなかったのでしょう?

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