自分の人生を元にした映画を製作してアカデミー賞を受賞した恐れ知らずの男

このデンマーク人の探検家の人生は、ハリウッド映画などとは比較にもならないほどの狂気に満ちた冒険で溢れています。ピーター・フロイヘンは、1889年、デンマークのニュクービン・ファルスタの街にて誕生。父親は、金持ちのビジネスマンで、息子にもそのような権威あるキャリアを築いてほしいと思っていました。はじめ、フロイヘンは父親の願いに従い、コペンハーゲン大学へ入学して、医学を勉強しました。しかし、普通の生活には自分は向いていないとすぐに気づきます。彼は危険を求めていたのです。

フロイヘンは大学を中退して、北極の探検に参加しました。想像できるかと思いますが、ここでの生活は簡単とは程遠いものです。

数キロ先まで他の人間がいないような小屋に住んでいると想像してください。

凍るような寒さと、うろつくオオカミ以外何もありません。この時、2年間医学を勉強したことが、のちに自分の命を救うとは思ってもみませんでした…

タイムスタンプ:

北極へ向かった金持ちの青年 0:33

ホッキョクグマとの戦い 2:56
足を失った理由 5:17
排泄物で救われた命 6:16
麻酔もない手術 7:07
映画界に進出したフロイヘン 8:26
死刑は御免 9:05
フロイヘンの最後 10:12

#ピーター・フロイヘン #冒険 #素晴らしい人

概要:

– 1906年、彼と他のデンマーク探検隊のメンバーは、出来る限り遠くまで北へ、船で旅をします。そこから船をおり、966キロを犬ぞりで移動して、グリーンランドや北極圏の未知の荒れ地を探検しました。

– 2年間続いた冒険の間、彼はイヌイットに出会います。イヌイット達は、自分達の言葉と、セイウチ、クジラ、ホッキョクグマなどの狩りの仕方を、彼に教えました。

-探検が終わった際、フロイヘンはデンマークに戻りましたが、滞在したのはほんの少しの期間のみです。1910年、フロイヘンはラスムッセンと共に、貿易の港として機能する、トゥーレ交易所をグリーンランドのケープ・ヨークに設立します。

-フロイヘンとラスムッセンにとって、貿易は退屈過ぎました。

その為、この島を積極的に探索することにしたのです。イヌイットと過ごした際、ほとんどの地域を網羅して、犬ぞりで10000キロ以上も旅しました。

– 麻酔も痛み止めもないまま、フロイヘンは、自分で自分の指を切断します。

-彼はすぐにデンマークに戻り、医者の診察を受けます。残念ながら、医者は足を切断せざるを得ず、フロイヘンは義足生活となりました。

-ハリウッドがフロイヘンの北極に関する本に興味を示して、これに基づいて映画を作成したいと思っていたのです。フロイヘンは脚本の執筆に携わり、会話をイヌイットの言葉に翻訳して、撮影現場では通訳として活躍し、映画撮影クルーがのり切り抜けられるように手を貸して、なんと悪役として出演まで果たしました。

-しかし、第2次世界大戦が勃発し、フロイヘンはレジスタンス運動に参加して、侵略者と戦いました。これが原因で、彼は逮捕され、死刑判決を受けます。しかし、彼は何とか逃れることに成功しています。

-フロイヘンはアラスカに向かうことにしました。しかし、アラスカのアンカレジにて飛行機に向かって歩いている際に、心臓発作を起こしてしまいます。71歳で生涯を終えたフロイヘン。

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声の出演:水野健介 (Studio Kiwi)

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