海上で発見された男性の衝撃サバイバル法

世界記録のストーリーというものは、たいていの場合、競争と栄光のストーリーであることが多いですよね。しかし、この世界記録の保持者は、他の人が同じような経験をして記録を破るようなことにならないよう、心から願ったのです。自分が記録保持者でいたいから、という理由でそう言ったわけではないんですよ。海に取り残されて、4カ月間、救命ボートの上で生き延びた、プーン・リムさんのストーリーをご紹介しましょう。

正確に言えば、133日間の漂流だったんです。難破船の遭難者が経験するであろう、すべての災難を切り抜けました!のどの渇き、空腹、嵐、絶望感、血に狂う海の捕食者の攻撃。考えられることは何でも、プーン・リムさんは、その全てを経験したんです。しかし、そもそも、なぜこんなことが彼の身に起こったのでしょうか??

タイムスタンプ:

11人の生き残りのひとり 0:53

信じられない状況 1:57

食べ物と飲み物は? 3:29

嵐に襲われて 4:44

サメ! 5:38

プーン・リムの救出者 6:34

#プーン・リム #生き残りストーリー #生存者

概要:

– 時は、1942年。たくさんの中国人の若者が英国の船の乗組員となり、プーン・リムはそのうちの一人だったんです。賄い長として、商船のSS・ベン・ロモンドに配属されます。

– 船はすぐに沈みだし、周りの水をどんどん吸い込んでいきました。55人ほどの乗組員は、生きたまま海に引きずり込まれることとなったのです。

– プーン・リムは、そのように幸運にも生き残ることのできた11人のうちの一人。ですが、本当に運が良かったとは、この時点では言えなかったのです。なぜなら、他の10人は、通りかかった船にすぐに救助されたのですが、リムの唯一の希望は、SS・ベン・ロモンドの救命ボートのみだったからです。

– 2.5 X 2.5メートルの大きさで、そこにあったのは、日陰を作って雨を防ぐためのテントのようなものと、乾燥ビスケットの缶、40リットルの水、閃光信号弾のみ。

– 何度も船が通るのを見かけましたが、気づいてもらえませんでした。一度、すべての悪夢の始まりである、ドイツのUボートを目撃したこともありました。

– もろいボート自体にだけでなく、食料品にとっても、嵐は大きな問題となったのです。1日の嵐で、すべてを失ってしまいました!真水の入ったジャーも、乾燥させた魚も、すべてです!

– 鳥の残骸がサメをボートに引き寄せていたんです。それにより魚が逃げて行ったというわけ。

– ある日、自分の周りの水の色が変わってきたことに気づき、歓喜します。これが意味することは一つ。陸が近いということ。この陸とは、ブラジルでした。

– 2週間を病院で過ごしたのち、英国に戻るまでに回復しました。そこで、大英帝国勲功章と、象徴的な補償として、雇用者からは金の時計を与えられました。

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